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灰色の手帳 由香里 ―水底から― 第三十話『疾走――街灯に照らされて』

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2013 / 06 / 12  Wed
由香里Ⅰ   
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――街だって裸で歩いて見せるわよ!

 無意識に立ち上がっていた。
 ロッカーまでの道は蛍光灯の不精な明かりで照らされていた。まるで、舞台への花道を彩るように。

 あの女は、見落としている。

「選択肢は、二つじゃない――」

***

 既に、自分が正気だとは思っていなかった。
 だが、それにしても――。

 心臓は爆発しそうだったが、頭は冴え切って、冷静だった。
 狂気としか言いようの無い行動を、検討していた。

 何度も、この店からロッカーまでの距離を、目測する。
 全速力で、真正面から突っ走れば……十数秒でたどり着けるであろう距離。

 だが、だからといって――正気だろうか。

 ただの、思いつきに過ぎない。
 非現実的な。
 当たり前だ。

 夜中とはいえ、裸で街の中を駆け抜けるなんて……。

 もし見つかれば。
 由香里はもちろん、理恵子すらも本心では避けたがっていた、最悪の事態。

 しかし、もうひとつの心の声が、否定する声を打ち消すのだった。

――わたしはさっき、川を渡りきったじゃない。あれと同じことを、今度は光の中でやればいいだけ――。

 一方、その考えを、もうひとつの声がさらに否定する。

――忘れたの?その末路を……。

 その記憶は、強烈だった。

 少女の、あの視線。

 これまで頭から遠ざけてきたトラウマの映像が、脳裏を過ぎる。

 だが――。

 冷徹な狂気は、そのトラウマさえも道理で跳ね除けようとした。

――それが、何だというの?

 と。

 彼方から、電車の音が近づいてきた。

――人に見つかったからといって何だというの?

 由香里の心の中のある部分は、しきりにそう主張していた。

――それで終わりというわけじゃない。その人がわたしを捕らえる前に、さっさと安全な場所に逃げ込めばいい……。

 ……その理屈は、正しいかもしれない。
 顔を見られさえしなければ、またつかまりさえしなければ、今の由香里にとって、致命的な結末には至らないはずだ。

 だが……。

 じっと駅までの道のりを見つめていた。ぽつぽつと、街灯に照らされた、駅前の広場。ロッカーの前は仕方ないとして、街灯の隙間、闇を縫うようにすれば……。

 無理だ。
 どの道、街灯の地面からの反射光は、由香里の体を照らすだろう。

 どうしたって、行き帰りの数十秒――全速で駆け抜けた場合の、希望的数字にすぎない――もの間、裸の体をあのスポットライトの元に置かなければならないのだ。

 必死に、「諦める理由」を探した。

 その間、道路に面したビルや住宅、駅前の広場を囲む色々な店の、窓という窓は、見ようと思えばいつだって、その舞台を見ることができる。
 今は無人の道路だって、間が悪ければ、横断しようとしたとたん、車がやってくる可能性だってある。
 駅前だって、ここから見れば無人に見えるが、本当にそうだろうか。ふとした物陰から、誰かが姿を現すことだってありうる。
 今由香里のいる店の手前にある路地だって、ここからは見えないだけで、人通りがあるかもしれない――。

 結論は。

――恐れるべきことは、人に裸を見られることじゃない。誰かにこの手首を捕まれること、それだけ……。

***

 トイレの水を流した。
 胃の中のものを吐き出しても、恐怖は晴れなかった。

 憂鬱が身を重くする。

 中学生一年生。初めての水泳大会を思い出した。あの日の朝も、食事が喉が通らず、会場についてから戻してしまったのだった。

 そういった類の緊張とは、種類が違った。

 窓から誰かが見ていたとしても――顔は、髪で隠すことができる。

 だが、この格好で、誰かと鉢合わせしてしまえば……。

 窓から顔を出す――こうして、外を確認するのは何度目だろう――相変わらず、見える限りには、いない。

 だが、不安要素は数多かった。

 まず、衣服が言われている通りの場所に本当にあるかがそもそも疑問だった。

 もしこの試練が、由香里が朋子を呼ぶかどうかを試すものだとしたら、衣服を隠したと言っておきながら、何も入れていないなどという、つまらない嘘をつく理由は無い。だがそれでも、この目で見るまでは、あの箱の中身など分からないのだ。

 それに、理恵子の存在。
 何度か窓から外を見て、隅々まで注意を払ったものの、この闇の中に、あの女が息を潜めていないと確信することなどできなかった。

 まだあった。駅前のあのロッカーには雨よけの屋根が取り付けられているが、その内側に、監視カメラがついているのだ。
 尤も、うわさによると、あの監視カメラは張りぼての筈だった。
 何でも、まだあの駅が繁盛していた頃に取り付けられたもので、今では用なしだとか。
 まだ由香里がいじめられる前のこと、部活の帰りに、友達と寄ったときに、直接見たことがあったが、確かにカメラはボロボロで、見るからに嘘臭かった。

 メールにあった一文を思い出す。

 『※本公演のDVD化は、現在カメラ故障中につき、残念ながら断念せざるを得ません』

 やるのか。やらないのか。
 少女は最後の瞬間まで、『第四の選択肢』を探し続けた。

 ……そして、唾をごくりと飲み込んだ。

***

 少女は、トイレの窓の桟に手を掛けていた。

 忌まわしい記憶が、頭に蘇る。

 川沿いの家の少女。
 結局、由香里が去った後、どうしたのだろうか。
 あの姉弟は、由香里の体のみならず、顔までもはっきりと見てしまった。

 胸に、嫌なものが広がる。

 どうか、誰にも言わないで……。
 わたしの行いが、あの姉弟の、生涯の秘密になりますように……。

 夏の夜空はしんとさえ切っていた。

 電車が近づく音が聞こえてきた。

 心臓が、ドクン、と跳ね上がった。

 窓の外から流れ込む空気は、川の流れが運んできたのだろうか、仄かに野草のようなにおいがした。
 寒気に、少女は身震いした。

 いよいよ、鉄の塊が、その重たい体をより大きく、よりローテンポに響かせながら……。

 鼓動は激しく脈打ち、体の震えはとまらない。

 そんな自分を、どこか他人のような視点で見ているような感じがした。

 初めてのものではない。これまで、何度かぎりぎりのプレッシャーの壁を乗り越えてきた。
 いよいよというときになると、気の高ぶりのせいか、ためらいだとか、恥じらいだとかは、本能的に抑えられるのだ。
 残るのは、冴え切った、獣のような冷静さだ。

 もっとも、今の由香里を力づけているのは、本能だけではない筈だ。

 先輩にとっても想像の範疇外だったはずの、自分の選んだ道。
 朋ちゃんにも、理恵子にも、どちらにも頼ることなく……本当に宣言通り、「街を裸で歩いてみせる」のだ。

***

 あいつの裏を掻くのは、気分が良かった。

 わたしは、あいつの思い通りになんか、ならないんだ。

 由香里は、窓の桟を握る手に力をこめた。

――やってやる。

 上手くいけば、今から三十分もしないうちに、あの電車に乗って家に帰れる筈だった。
 そのときだった。気づいてしまった。

――理恵子に奪われたのは、衣服だけじゃない……。

 電車賃だ。

――たとえ衣服を手に入れても、帰る手段が無いではないか……。

 遠くの電車から、蒸気のような音が漏れた。
 扉が閉まるまで、間もないだろう。

 由香里は考えを振り払った。

――今は、お金のことはどうでもいい。

 まずは、外に出れる姿に生まれ変わることが第一なのだ。
 ……扉が閉まる音がした。
 とまっていた電車が、再び動き出した。
 さっきとは逆に、今度は、遠くの方へと、消えていく。

 由香里は、窓の桟を握る手に力をこめた。

 そうしていても、震えがとまらなかった。

――わたし、本当に、やるんだ。

 ……電車の音はまだ、微かに聞こえる。

――本当に……。

 開いた手でお尻を触った。

 手ぶらだった。鞄はトイレの中に、置いたままだ。
 これも、由香里の決意だった。
 どうせ行くなら、隠してなんかいられないのだ。

――ほんの数十秒の勝負だ。駆け抜けてやる……。

 電車の音は消えてなくなった。

 静寂。

 音が消えたからといって、今外にかけ出れば、電車から降りて駅から出てきた人と、鉢合わせする可能性がある。だが、駅の方を見ても、人の気配は無かった。

 それでも、念のために、三十秒カウントする。

 十一、十二……。

――ほんの、数十秒……。

 十九……、二十一……。

――怖くなんか、無い。

 二十二……、二十三……。

――こわく、ない。

 嘘だった。

――これからのわたしは、わたしじゃないんだ。

 二十五、二十七……。

 地面を蹴って、窓の桟に乗った。ひざがぶるぶると、震える。

……三十。

――……。

 窓枠にしゃがみ込みながら、左右をうかがう。

 左、川は相変わらず、民家の明かりに照らされるだけの、薄明の中だ、右、駅の方向に、人はいない、だがそこは……恐ろしい光の世界だった。

 窓枠の真横に備えられたパイプを掴んだ。

 大胆に、飛びつく。太ももが配水管にぴったりと貼り付けて、豊かな肉が捲れ上がった。肌がこすれあう不快な音がして……ひやりとして気を抜いたら、重力は、大人に成長しつつある少女のボリュームを、悪魔のように引き寄せた。

 配水管は壁に飲み込まれて消えていた。
 由香里は手を放した……ふわり……路地のアスファルトの上に、両の足がついた。夜の街の世界へ、少女は音もなく、叩きつけられた。

 あまりにも、あっけなかった。
 路地の両端から、光と闇が、由香里を睨んでいる。
 光の方へと、足を踏み出した。
 足取りはゆっくりだったが、一歩一歩、踏み出すほどに力強さを増した。
 全身の感覚が麻痺している。
 アスファルトの感触が、どこか嘘のようだった。目に見える光景が、夢のように微睡んでいる。

 地面を蹴った。狭い路地から、広い世界へと……。
 心臓が、暴れていた。
 体を動かすにつれ、少しずつ錆が取れるかのように、速度を速めていった。
 由香里は髪を顔に巻きつけた。
 体を隠しもせず、両手で顔を抑えながら、腰をかがめて、ただひたすら地面を蹴った。しなやかに、柔らかな体が伸びては、縮んだ。

 風を切る音が、遠くなった。
 狭い路地から、道路に飛び出したのだった。
 地面がアスファルトから、今度は歩道の石畳に変わった。

 引き返したいと、本能が、叫んでいた。

 これまで何度も外を確認したが、店に接した手前側は未知の領域だった――すぐ真横に、人がいるかもしれない――。突如として現れた裸の少女に、眼を丸めて、息を呑んでいるのかもしれない――だが由香里は足を緩めなかった――それどころか、斜め右へ方向を変えると、速度を速めて、夜の空気の底を這うように、低姿勢のまま道路に突入した。

 裸足で触れる、アスファルト。今度は路地のものと違って、黒っぽくて、どこかぬるぬるしていた。
 由香里は息を止めていた。心臓すらも、そして脳すらも、活動を止めて、ただ二つの足だけに意識を集中していた。

 道路は暗かった――街灯の光の殆どは道路に吸い込まれ、そのうちの反射したわずかなものだけが、由香里の体をうっすらと照らしている――車は、傍には無いらしい、道路のその先に、あるのだろうか――頭の片隅で、想像を働かせがらも、由香里は左右を見渡すこともせず、一メートル先の地面だけを見つめていた。

 道路を渡り終えた。由香里の足は、再びタイルを踏んだ。

 真正面は、レンガ積みの塀だった。そこを辿って右へ行ったところに、駅前広場への入り口が見える。堀の向こう側の駅舎の明かりを視界の隅に捕らえると、再び視線を下ろし、進んでいった。

 今この瞬間に、誰かが見ているかもしれない。

 後ろを確かめたい気持ちを、しかし由香里は鎮めた。

 あと三十秒、時間を止めて。どうか、神様……。

 いつの間にか、地面が青緑に染まっていた。
 信号機の下にやってきたのだ。

 左には、大きな広場が開けている。

 由香里はしゃがみ込んだ姿勢から、立ち上がった。
 視界の中に、白い光で照らされた青いロッカーを見つける。

 由香里はその方角に向かって、ダッシュした。

 背中を丸めて、物音をさせないよう気を配りながらでも、全速力の半分以上の速度は出る。
 それでも、ロッカーまでが、やたらに長く感じられた。

 店内のものとは明らかに異質な、外の世界の空気が、由香里のお腹を、バストに真正面からぶつかる。
 丸出しの胸は、体の上下運動に釣られて激しく波打つ。

 体を隠したい――。

 いまや女の本能は隠し切れなかった。

 髪で包んだ顔が、熱を帯びていくのを手のひらで感じた。
 じっとりと汗ばんでいるのは、吐息による熱のせいだけではないだろう――。

 足の裏で感じる駅の広場は硬い石のタイルで覆われたつめたい世界だった。無機質な中を駆ける由香里の柔らかい肢体は異質なように思われた。

 咎めるように、ところどころに設置された街灯が、由香里を上から照らした。その下を通るたびに、由香里の影が地面に縁取られる。

 お願い、誰も見ていませんように――。
 もう引き返せない。
 どうか、この数十秒の間だけ、わたしを許して。
 街灯に次々に照らされながら、由香里の中で、奇妙な興奮が渦巻いていた。
 髪の毛で覆われた視界では、細かい部分までは分からないが、ロッカーの前の明かりが方角を示してくれた。

 あと少し……。

 駅のところどころに設置された、丸い形の、コンクリートのベンチの間を縫うように進んでいく。
 急速に、歩幅を抑える。

 ロッカーに、由香里は手を突いた。青い扉にくっきりと黒い影。真っ白な照明が、激しく自分の体を照らしているのだ。

 ロッカーの上に手をやる。金属は、冷たかった。
 番号を確かめもせずに、二段目の左から三つめ……そこに203という数字を見つけると、しゃがみ込み、震える手を抑えて鍵をひねる。

 どうか、どうか、お願い……。

 一瞬、手ごたえが硬かったが、やがて鍵は音を立てて回った。

――やった……!

 心の中の歓喜の叫びは、しかしすぐに、どす黒い現実にかき消されることになった。

 ロッカーの中身は、空だった。
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