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灰色の手帳 由香里 ―水底から― 第二十二話『女の悲しみ――蛙のように股を開き』

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2013 / 04 / 05  Fri
由香里Ⅰ   
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 バイブ音と同時に、青白い光が、背中の方からテーブルの下を照らす――。
 由香里は、手を後ろへやった。硬い感触をしたものが、由香里の手のひらの中で震えていた。

――足音が止まった。

 それに遅れて数秒後、バイブ音が止まる。

 沈黙。

 その沈黙は、先ほどまでの気まずさとは別種の何かをはらんでいるように思えた。

 足音が、再び鳴り響いた。

 近づいてくる、女の足音。

 終わりだ。

 今度こそ、見つかった――。

 鈴村は、まだ由香里のいるテーブルから数歩歩いたところにいるようだった。

 ……女の足音が、その地点に差し掛かろうとしている。

 そして足音はそのまま、鈴村を通り過ぎて……

 そう思われたとき、足音は歩を止めた。

 「いい加減にしてください」

 咎めるようなその声は、鈴村に向けられたものだった。

 どうせ、ここで隠れて携帯やってサボってたんでしょう?

 そう言いながら鈴村に詰めよると、携帯を取り上げた。
 鈴村が、あっと小さな声を挙げた。
 由香里はその光景を見たわけではないが、その様子がありありと感じ取れた。それほど、二人は由香里のすぐ傍まで来ていた。

 しばしの沈黙――。

 先ほどのバイブ音を、オタク店員のものだと勘違いしたようだった。

 お願い!このまま、立ち去って!

 由香里は、大股開きになった格好で、祈っていた。
 体を隠すには、このみっともない格好を続けざるを得ないのだ。
 少しでも身動きしようものなら、わずかな気配に女店員が気づく可能性もあるのだ。

「このことは、コウジさんに言わせてもらいますから」

 女店員の剣幕に、鈴村はただおどおどする一方だった。

 そして――。

 女店員は、先ほどまでの獣の影はまるで無くなった情けない青年を引き連れて、去っていく……ことを由香里は期待した。

 だが――。

「待って」

 女の声だ。

 すたすたと、こっちに向かってくる。

 そして――。

 由香里のいるテーブルの真横で、立ち止まった。
 テーブルの下から、由香里は見た。見上げるような格好で、女の半身を。
 短いスカートから、にょっきりと、細く、由香里ほどではないが色白な脚が伸びていた。顔は見えなかったが、細面型の、色の白い顔を嫌でも連想してしまう。

「何やってるんですか!」

 女は、曲がり角の方にいる男の方を振り向きながら、言った。
 そしてもう一度こちらを向き――。

「まだあそこ、片付け済んでないじゃないですか!」

 由香里には、女の視線がどこへ向けられているのか分かった。今由香里のいる更に奥、由香里と先輩が過ごしていたテーブルの上の、ゴミ。

 鈴村は、由香里を探すと同時に、片付けをする役割を与えられて二階に来たに違いない。そういえば、鈴村とは別にトイレ側に向かったもう一人の男も、何かを片付けるような様子だった。

 女店員は、由香里の隠れているテーブルに腰掛けるようにしてもたれかかった。

 天上で体を支えている由香里の足。その数センチ先に、女の膝裏があった。

 物音を少しでもたてたら、終わりだ――。
 足をずらして逃げたくなる欲望を、由香里は必死にこらえるしかなかった。

 女店員の前を、鈴村はすごすごと通っていった。
 左奥から、がさがさと、ゴミを片付ける物音。

 もっと急いで!

 女店員のすぐそばで、逆さになった由香里の両脚が、ぷるぷると震えていた。
 テーブルの裏はざらざらしていたが、ちょっと気を抜けば、滑りそうだった。両脚が、女のいる地面に投げ出された瞬間、驚いた彼女の視線がどこへ誘われるか、想像するのは愉快なことではなかった。
 鈴村が、戻ってきた。ゴミをまとめて載せた配膳台を持っているらしく、両腕が見えなかった。
 由香里のことを気づかせまいという配慮だろうか。女の前をすたすたと、そのまま通り過ぎようとした。
 しかし、それが却って、逆効果だったらしい。

「ちょっと、どこ行くのよ!」

 女は叫び、鈴村は、はい、と情けない声を出して、立ち止まった。

「何でそんなに慌ててるわけ?まさか……」

 二人の女が、同じタイミングで、はっと息を呑んだ。

「片付けしてないで、ずっとメールしてたんじゃないでしょうね!」

 彼女はもはや敬語すら使わず、鈴村の方を睨んだ。
 鈴村はといえば、この場から一刻も早く逃げ出したいと言わんばかりだ。

「ちゃんと、床も掃除したんでしょうね?」

「あっ」
 
 鈴村が、小さく叫んだ。
 そして……。
 女店員は由香里の右脇のシートの上をなぞった。
 由香里のすぐ真横を、女の手が通り過ぎる――。

「何よ」

 そういいながら、また体をねじる。

 テーブルの端から、ウェーブがかっただらりとしたものが垂れ下がった。

 ――髪だ。

 女は、身を乗り出して、シートのゴミを確かめているのだ。

 いや――。

 そうだろうか。

 数秒たっても、女の髪は消えない。
 女は、シートの更に下、由香里のいるテーブル下までも見ているのではないか。
 由香里は、顔を左へ向けた。何とか、見つからないことを祈りながら、目を瞑った。
 女の視線が、由香里のむき出しのお尻を、胸を…顔を、まじまじと見ているのではないか。

 かろうじて、宙に浮いたまま保たれている由香里の脚が、支えを失いつつあった。

 もう駄目――。

「……暗くてよく見えないわ」

 女は呟き、立ち上がった。そして、鈴村を取り残して、去っていった。そのまま、足音は曲がり角の奥へ消える。

 両脚が、廊下に向かって投げ出された。思わず、息が漏れる。堪えていた反動で、はあ、はあと、あえいでしまう。この位置からなら、女店員には聞こえないだろうが……果たして、鈴村はどんな気持ちで、自分の犯した女の吐息を聞いているのだろうか。

 自由になった由香里は、テーブルの奥へと体を逃がした。

 これならもう、少なくとも、曲がり角からは見えないはずだ――。
 
 だが、由香里の心臓は、未だ鳴り止むことは無かった。
 それどころか……次なる恐怖に向けて、どくどくと、送り出す血量を増していた。

 由香里には、女店員がすぐに戻ってくると分かっていた。そして、そのときは今のような守られた状況ではない。女店員は階下へ向かい、そして間もなく明りがともされるだろう。

 由香里は、既に決断していた。
 テーブル下から、慎重に、顔を這い出す。鈴村もとい、オタク店員が、すぐそこに立っていた。

「鈴村さん」

 徹底的に植えつけられた男への恐怖が少し減退していることに、由香里は驚いた。きっと、同じ女である女店員に、あそこまで卑屈になっていた間抜けな姿を見て、勇気付けられたのだろう。

 それでも由香里は、鈴村の顔を見ることができなかった。
 薄暗闇の中、月の明りにてかった地面にすっと立つ男の足元を、視界の隅に納めるのがやっとだった。
 それですら、由香里を辱め、耳まで赤く染めさせるのだった。

 由香里は恥ずかしくなって、再び体をテーブル下に隠し、ひそひそ声で、男に話しかけた。
「鈴村さん……。お願いです。助けてください。私の着替えを……」

 突然、部屋の明りが一斉にともった。

 ――痛い。

 女店員が、二階の電気をつけたのだ。

 今の由香里にとって、この不躾な人工的な明りは、あまりに残酷だった。
 光を恐れて、こそこそとしている自分が、何か醜いこうもりのようで、情けなかった。
 自分で自分の姿を見るのが嫌で、由香里は瞼を閉じた。

 スピーカーから、音楽が流れ始める。
 先ほどまでとは打って変わって、およそこの手の店には似合わない、洋楽のハードロックだった。

 戻ってくる――!

「お願いです――!」

 それだけ言って、由香里は、廊下から可能な限り離れようと、テーブル下の一番奥に、体の前面をぴったりとくっつけた。

 返事は、無かった。

 瞼を閉じて、耳を塞ぎ……。ひたすら見つからないことを祈りながら――まるで、物語の、『耳なし芳一』みたいだ、と由香里は思った。父と一緒に行った、カルチャーセンターの紙芝居だったかで知ったお話――怨霊から身を隠そうと、体中にお経を書いた僧侶は、耳にだけ書き忘れてしまったため、耳をちぎられてしまうのだ――そうこうするうちに、女の足音が、近づいてきた。

「ちょっと、どういうことですか!」

 女店員が、鈴村に向かって叫んだ。

「まるで、片付いてないじゃないですか」

 由香里は、必死に、祈っていた。
 おそらく、明りで照らされた床の上には、無数のゴミが散らばっていたに違いない。
 実際、鈴村が上がってきたとき、何かを片付けているそぶりなど無かったではないか――。

 目の前の裸に躍起になって、うっかりしていたに違いない。

 今更になって、鈴村への怒りがふつふつと湧いてくるのは、滑稽だった。
 自分を犯した男なのに、今の今まで怒りを忘れていたのだから。それどころか、さっきは、男に対して、脱出の協力を懇願までもしたのだ。

 確かに、先ほどの「交わり」によって、由香里と彼は、ある意味で、「共犯」の繋がりを得たと言える。
 由香里は、鈴村店員に縋りつくという最後の手を、思案していた。自分の秘密を既に知っていながら、しかし、それを明かすことの赦されない、限られた人間。

 鈴村にとっても、裸の由香里が捕まるということは、都合の悪いことのはずだ――。むしろ積極的に協力してくれるということもありうるのではないか。

 この絶望の中で、決して、由香里の判断は、間違っていないだろう。

 だが。
 先輩と一緒になって、この地獄の苦しみを与えた人間が協力者になりうるというのは、なんともいえない皮肉で、耐え難い屈辱であるのに、由香里はそんなことを考えもせず、のうのうと、こんな願望に縋っていられるのだ。 自分をついさっきまで犯していた人間のもとへ、裸の格好のまま赴いて、助けてくださいと、縋ろうだなんて。

 自分の卑屈さにも、それほどの驚きや悲しみも感じなかった。
 あそこまで惨めな姿を晒した自分が、誇りを失いつつあるのは、当然かもしれなかった。
 反抗しきったならまだしも、最後には由香里は屈して、鈴村と一緒になって、自分の肉体を犯したのだった。
 精神と肉体は憎しみ合って――残ったのは、虚しさだけだ。

 先輩は確かに、怨霊だ。由香里に対する憎悪の深さは、想像を絶するものだった。
 だが、今の自分もまた、同じくらい醜く、穢れた生き物なんじゃないか――。

 びたん、と、切り裂くような音がした。水に濡れた雑巾が、鈴村の前の地面に向かって投げつけられたのだ。

 鈴村は無言で、すたすたと廊下の行き止まりへと向かった。そして、床とテーブルを、拭き始めた。

 由香里は廊下に向かって背中を向けながら、小さくうずくまっていた。確かに先ほどよりは、見つかりにくい位置に逃げられたかもしれないが――。

 だが、今は明りによって隅々まで照らされているのだ。
 女店員は曲がり角のところに立っているようだったが、もし、何かの弾みで、由香里の肌色が、テーブルや仕切りの隙間から少しでも見えたなら、そのときは――。

 鈴村が立ち上がり、こちらへ向かって、近づいてきた。

 廊下の奥から手前に向かって、順々に拭いているらしい――。
 今は、由香里の隣のテーブルの片づけをしているようだ。

 そうだ、忘れていた。

 この場にいるのは、女店員だけではない。

 これから、鈴村に――裸身を晒すことになる。
 由香里の肌を照らす照明の下で。

――「暗くて、よく見えないな」という鈴村の台詞が、頭の片隅を過ぎった。

 確かに、あの耐え難い辱めは、鈴村の視覚は殆ど封じられた中でのものだった。
 男は触覚と、嗅覚、聴覚、それに味覚とで、由香里を辱めたのだ。

 それがとうとう、今になって、裸を見られるのか。

 悔しい気もする。

 だが、普通なら抱くはずの猛烈な拒絶感が、起こらないのはどういうことだろう――。
 単純に、疲れているのだろうか。そう、信じたかった。

 自分が、何も感じない人形になったなんて、思いたくなかった。
 
 鈴村の動きが、止まった。

 隣のテーブルの掃除を終えたのだ。

 だが、そこから動こうとはしない。躊躇っているというのか――。
 何を今更――。正体の分からぬ、不可解な怒りを感じた。

 そして――。

 鈴村が、由香里の隠れているテーブルの前に立った。
 頭上で、車の窓を拭くような音。

 ああ、見られるんだ。

 この後、鈴村は床下を拭くという名目で、しゃがみ込むだろう。
 真正面から、裸の体を見られる。一回りも年上の異性に、いやらしい目つきで。

 心臓が胸を叩き、不吉な音を立てた。

 心の準備をする暇など、無かった。

 鈴村が背後でしゃがみこむのを感じた。
 男の気配は、地面を照らす太陽のように、満遍なく由香里の体を責め立てた。

 由香里のそれと比べれば、まるで獣のように硬い筋肉が、ゆらゆらと、鼻息のリズムに合わせて踊っている。

 自分の真後ろで、床を拭いている鈴村。
 由香里は、唇をかみ締めた。

 見られている。

 はっきりと、それが分かった。妄想も勘でもない。
 男の視線を、はっきりと肌で感じるのだ。

 舌で嘗め尽くされるより、ずっと嫌らしく――屈辱的だった。

 由香里は、爪先立ちになり、足を広げた、潰された蛙のような格好をとっていた。女の視線から逃げるためだったが、今となっては、まるで男に向かって、秘所を広げているかのようではないか。

 せめて、もっと違う格好で……。

 途端に虚しくなって、由香里は泣いた。

 裸を晒しながら、何も言えない悲しさ。
 男に体を見られながら、声一つ立てることが出来ない悔しさ。

 同じ女のために。

 しかしまた、自分がまだ、女の感情を持っていることが嬉しかったのだ――。
 その感情が自分を苦しめる女の業とは知りながら、自分がまだ女でいれることに、ほっとしていた。

 男の顔が、背後に近づいてきた。

 さっきの懇願の回答を、由香里は期待した。

 耳の後ろで、男は小さく呟いた。

「白いね」

 男の手が、由香里の尻に触れた。
 おずおずと、しかし堂々と、感触を楽しむように、由香里の肉をもみしだいた。

 ――このクズは、本当に、本当に、卑怯者だ。

 由香里は、心の中で、何度も何度も、男をののしり、涙を流した。男は、由香里を刺激しないように気を配りながら、しかし、ようやく実態として目の前に姿を現した裸の少女を、思う存分愉しんでやろうとばかりに、激しくもみしだいた。

 由香里を恐れながら、同時に侮辱する男を、心の底から軽蔑し、そんな卑怯者にされるがままにならざるを得ない自分を嘆き、静かに泣くのだった。

 尻を撫でていた男は数秒もしないうちに、今度はゆっくりと、その手を由香里の恥部……今柱にぴたりとふさがれた前部ではなく、より無防備で、最も不潔な穴へ向かってスライドさせていった――。

 これから、お前の最も恥ずかしい部分を犯してやるぞ――。

 指は、急ぎながら、しかし少しずつ、少しずつ、迫ってくる。

 突然触ったら、由香里が声を上げてしまうと考えて、覚悟を決める猶予を与えているのだ――。

――これから数十秒、お前は屈辱の限りを味わうんだ。

 そんな声が、聞こえるような気がした。

 男の指先が、肛門の周りを抑えた。

 ワンテンポ置いて――男がその穴の周りの肉を押し広げた。

 体の中を、風が、通り抜けた。

 呼吸が、荒くなる。体が、信じられないほどに、震えている。
 風邪を惹いたときのように、全身が寒かった。
 男は、これまで床を拭く不利をしていた空いた方の手で、由香里の太ももを掴み、乱暴に引き寄せた。
 尻を突き出すような格好になって、アヌスが、あらわになる。

 由香里が手で隠そうとするのを、男が、叱り付けるように叩いた。

 女店員は、男が顔を突っ込んでいるテーブルの下で何が起こっているかなど露知らず、男に向かって声を掛ける。

「ちょっと、いつまで、時間掛けてるんですか。もう片付け済んでないの、ここらへんだけですよ」

「すみません」

 男は、卑屈で弱弱しい鈴村を演じて、女にそう応えた。

「ここだけ、汚れているものですから」

 その声は、女には届かなかったらしい。
 聞き返す声に対して、男は繰り返した。

「ここだけ、きたないんですよ!」

 下まで聞こえそうな程の大きな声で、愉しそうに、男はそういった。
 濡れ雑巾を、由香里の肛門に宛がう。
 そして、不浄なものを塗りつけるように、それをこすり付けるのだった。

「いや~きたないなあ!」

 おどけた調子で男は言った。
 今度は、由香里にだけ聞こえるような声で――。

 暖かいものが――血のように温かいものが、頬を伝った。

 どうして、どうして……。

 どうして、みんな、ここまで自分をいじめるんだ。

 何か、自分はおかしいのだろうか。

 恨まれるいわれのない人に、恨まれる。勝手な憎しみをぶつけられ、尊厳を踏みにじられて……。
 涙が、ぽたぽたとたれ落ちたのを、男が拭き取った。

 もういい――。

 叫ぼう。大声で。
 ここまで馬鹿にされて、恥辱を与えられて、黙ったままでいるだなんて――。

 だが、そんな思いに反して、由香里の体は男に恥部を見せ付けるように差し出していた。
 今や由香里を固定する必要の無くなった男は、両手でゆうゆうと、由香里のアヌスを押し広げている。
 まるで、由香里は動物で、男はそれを診断する獣医だ――。

 由香里の体の外部と内部が、おそらく最も薄い膜で別れたところを、男が爪の先でつまんだ。

 そして、皺をねじるように、やさしく、引っ張った。

 由香里は、試されているのだろうか。

 んんっん……!

 声にならない声が、由香里の口から漏れる。ひゅーひゅーと鼻を鳴るのを、男は口をゆがめるのを、耳の裏で感じた。

 ただ見つかりたくないという思いだけではなかった。男への哀願が叶えられる希望に、賭けているのだ。

 そのとき――

「……汚ねえ女」

男が、耳元で囁いた。

 男は由香里の沸点をまるで恐れることなく、アヌスの皺をぐいぐいと引っ張って、大胆に挑発し続けた。

 堪えようとしても、堪え切れなかった。

 侮辱への怒りすら、玩具にされるなんて。
 人の尊厳を、どこまで踏みにじれば気が済むというのだろう――。

 すでに臨界点を超えているはずなのに――しかし由香里は、堪え続けた。
 声も出さず、震える脚を何とかなだめながら、あられもない体勢をとり続けている――。
 分かってはいても、由香里は自分に言い聞かせた。どれだけ惨めな思いをしても、服従のポーズをとっていても、本当は自分は希望のために、戦っているのだと。

 そんな由香里の思いを、男は平気であざ笑った。

「俺は、君を、救ったりなんか、しない」

 由香里の耳元で、小さく、しかしはっきりと、男は言った。抑揚の無い声。何の感情もこもっていない、体温を持たない、機械のような声。

 脚から、力が抜けて、静かに崩れ落ちた。

 由香里を犯したことが明るみに出ることは、男にとっても避けたいことのはずだった。論理的に考えれば、男は由香里を穏便に、この店から帰すのが当然なのではないか――。
 しかし由香里は、男の回答が単なる脅しでも、放言でもないと感じていた。それどころか、男の回答に、驚きを感じすらしなかった。
 男の回答は、意外なものではなかった。
 懇願したときから、こうなることは分かっていた。分かっていたのだ。
 分かっていたが、しかし――。聞きたくなかった。

 男の回答は、由香里に対して逆に問い返していた。

 ――俺はお前を救わない。お前が俺の行為に甘んじる理由はない。叫びたければ、叫べ。叫ばない限り、俺はお前を犯し続ける。

 男は遊んでいる。
 挑みかけるように投げかけられたこの問いに、それでも由香里は、答えることなどできなかった。

 いや――こうして沈黙している限り、由香里は服従の選択肢を選びつづけているのと同じだった。

 自分で自分を、犯しているのだ。
 男と一緒になって、自分自身を痛めつけ、泥を塗って、切り刻んでいるのだ。

 罪悪感を抱いていた。自分に対して、自分を産んでくれた両親に対して、女に対して。

「……どうした?……耳が真っ赤だよ。恥ずかしいんだろう?悔しいんだろう?叫べよ。ほら、どうした……」

 男は興奮して責め立てる。この声の響きには、聞き覚えがあった。復讐の愉悦だ。男は心から、愉しそうだった。

 由香里にできるのは、体を震わせ、ただ涙を流すことだけだった。様々な感情が頭の中を嵐のように吹き荒れながらも、男の挑発するように叫ぶどころか、男の声が女店員に聞こえないか必死に耳を傾けていたのだった。
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